Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

スシと一緒に 

 いろんな外国語の言葉遊びやちょっとした言い回しなどが割と気になって、辞書なんか引きだしたら調べた言葉はともかく忘れて、そのページにある面白い例文を見つけるのに夢中になってしまう。当分はフランス語のコレクション(と言ってもひょんなことから私の頭の中に治外法権を主張するみたいに乗り込んで居座ってしまった面々ばかりで、決して自ら努めて習得した結果によるものではない)を引っ張り出して、ささやかなシリーズ風にエピソードを書き連ねていこうと思っていた。しばらくして、それらがいい意味でも悪い意味でもパターン化され、そろそろマンネリ脱出しなくちゃな、という時期に、ジャンヌ・ダルクの如く涼しく、勇ましげにこの「ネタ」を出すつもりだったのだ。が、さっき図書館からの帰り道、まだ夜は冷えて、ぶるりと凍えながら、トラムを待っていると、エメンタル・チーズみたいな大きな春の月と眼があってしまった。不意に四か月ほど前、年末の出来事が思い出された。

 クリスマスから年明けにかけて、私はパリ市内のあるBourangerieで売り子のバイトをしていた。ブッシュ・ド・ノエルと言われるいわゆる欧州版クリスマスケーキが年末まで、新年になったその瞬間に、ガレット・デロワというアーモンドクリームの伝統パイをわんさか売りまくるため、この時期どのパン屋さん、お菓子屋さんも猫の手も借りたいほど忙しいのだ。もちろん大晦日も、元旦も働きまくった。

 基本的にこちらのパン屋は対面販売だから、お客さんは長い列を作って自分の番が来るのをひたすら待っている。一販売員につき一顧客というふうにかなり厳密に区分けされていて(多分それはカフェのギャルソンなど見ていてもそうなのだと思う。厳格な担当制)レジはレジ担当がいるから、自分はとにかく注文を聞いて、それを間違いなく、過不足なく袋に入れ、お客さんに渡せばよいのだ。

 最初に行った時驚いたのが、同僚たちがあれと、これと、それと、、、と客の注文を殆ど聞くと同時ぐらいのスピードでがんがん袋に入れていくその大雑把さ(一つのクロワッサンを手に取る時、二つを床に飛ばしてもへっちゃら、みたいな)に驚き、これはちょっと日本ではあり得ない風景だな、と恐れ入ったのだが、そうしたもろもろを全て吹っ飛ばして、私を考え込ませたのが同僚たち皆が例外なく口にする「アベック・ス~シ?」という言葉だった。

「寿司と、一緒に?」

彼らは決まって、ほぼ全ての注文を聞き終えた段階で、このフレーズを口にする。言われた方は、じゃあバゲットも一本、とか、今日はシュケット(砂糖をまぶした一口大の菓子)ないの?などということもあれば、黙って微笑み、財布を取り出す人もいる。アベックは英語で言うwithだから――寿司と一緒に?

空気から読めば、当然「他に何か要りませんか?」ぐらいの意味合いに違いない。でもそれには「autre chose?」(何か、他のものは?」というちゃんとした言い方がある。辞書にも載ってる。

 調べればすぐ分かると思ったし、「日常用語」でわざわざ同僚に訊ねるのも恥ずかしく、聞けなかった私が浅はかだった。正体を突き止めるまで、以外にも苦戦したのだ。

 間違いの原因は、その発音と筆記の差にある。フランス語は聞いた音と書いた時の綴りが英語に比べてかなり違う。一つの単語と思っていたのが、二つがくっついていたり、別の音が入ったりしているのが多々ある。そこで私も「アベック・スシ」と聞こえるけど、こりゃあ「アベック・ス・オッシ」(これもまた)なんじゃないかな、とあたりを付けたのだ。オッシ、は私も(=モワ・オッシ)なんて時に使う、英語でいえば,tooぐらいだから「これも要る?」(なんか、押し売りみたいでいやだなあ)⇒反語的に「他に御入り用は?」みたいな使い方なのだろうと。ところが辞書で調べてもググっても出てこない。そんな言い方、ないのか。試しに「アベック・スゥ」まで入れてみると、グーグルで引っかかってくるのは「アベック・ス(リ)シ」。どうもお堅い感じのサイトへ飛ぶ。「犯罪人」という単語とくっついてることが多いようだ。辞書には「執行猶予」。どおりでか。

 長い紆余曲折を経て、ようやくスシの綴りが「ceci」だとひらめいたのは、バイト期間が終了して、大分経ってからだった。なんてことはない、普通に指示代名詞の「この」じゃないか。しばらく愕然とし、天を仰いだ。以来、商店やパン屋でその言葉を聞くたび、牢屋に捉えられているマリー・アントワネットが、差し入れに出された寿司をほおばっている画像が頭の中に思い描かれ、どうにも消えてくれそうにないのだ。 

 ――みそ汁、旬のお吸い物、タケノコの筑前煮なんかの話を期待していらした方、申し訳ありません。