Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

<Uni de légumes>があったなら

 小学校3年生の時、初めて書いた小説が『やさい王国』という話だった。ジャポニカの自由帳を破って、ちゃんとした挿絵つきで最後にホチキスで留めて製本した。ノリとしては漫画に近い。にんじんの王様とか、じゃがいもの家来とか、あとは書きやすいピーマン、ナス、トマトなんかがでてきて、悪い王様を倒し、自分たちの手で新たな国家を統治する――という、基本的にはその流れだ。基本的というのはこの『やさい王国』はシリーズもので、悪い王を倒した後も、やさいたちは新国王夫妻を迎え、国家繁栄のために、更なる闘いに挑み続けていく冒険物語だった。いったいどこから着想を得たのか忘れてしまったが、5歳ぐらいから本にかじりついていた私である。小学校2年生に上がった時、6年生までのの推奨図書を読み切って「もうないの?つまんない」と思っていた。仕方ない、自分で書くしかないと思い立ったのだろう。(今考えれば、もっと読むべき本はあっただろうに)

 そのころ、私は小説家になりたい、物語を書いて生きていきたい、とかなり切実に思っていた。小学校から高校まで、全て卒業文集にそう書いた。小学校2年でキュリー夫人を知り、それからエジソンや、ベートーベンといった世界の偉人たちの伝記を手当たり次第読み始めると「こりゃあ敵わねえ」と心の中で降参した。不思議の国のアリスも、ネモ船長も、ダルタニャンも、所詮は架空の世界で、ほんとうにこの世を生きた人間のすごさには敵わないのかもしれない――子供心に、そう思った。              

 パリで通りを歩けば偉人たちに出くわす。そっくりそのまま地下鉄の名前になっている所も多い。パリのメトロマップなんて眺めているだけで歴史の年代地図帳じゃないか。考えたら、東京の山手線の中に「夏目漱石」とか「平塚らいてう」とか「南方熊楠」とか「森鴎外」がいることになる。スマホやカーナビで「野口英世を降りたら、伊達政宗を右へ曲がってください。そのまま津田梅子通りを直進し、湯川秀樹広場に出たらすぐです」などと言われてしまうわけか。受験生にはいいかも知れないけど、「あの人、初デートで聖徳太子駅で待ち合わせなんだけど。ちょっとセンスないわよね」とか「松下幸之助ジャンクションで、信号機故障だって」とか使われちゃうのかな。うむ。ビクトル・ユーゴーもエミール・ゾラも、ジョルジュ・サンクもビックリだ。フランクリン・ルーズベルトさんが居ても、日本の首相の名が付くことは――あるわけないな。

 いつか描いた、やさい王国がこの世界のどこかに、ほんとうにあったなら。(それも何故か仏語圏)21世紀の現在、地下鉄やトラムの駅ぐらい存在している。名前はみんな歴代国を統治した王族やさいたちで、キャロット1世とかエピナール(ホウレン草)王妃とか。周辺ゾーンには、サルスフィ(西洋牛蒡)大臣やロケット(ルッコラ)書記官たちの名前も控えている。子供たちはシャンピニヨン幼稚園に通い、大人たちは近所のサラダ医院で、自分に足りない栄養素を補給することができる。みんな自分の血肉を分け合って、例えばじゃがいもさんとピーマンさんがちょっとずつ自分の一部を差し出しあって、仲良く助け合って暮らしている。

 そんな平和な<Uni de légumes>がどこかほんとに、あったなら。 

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