Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

頭の中の<les petits-pois>  

 少し前にやさい王国の話を書いた。それで気になって、フランス語での野菜の言い方を調べていたら不思議な例文が沢山出てきたので、書かずにいられなくなった。少なくとも「日本ではきいたこと無いけど」と、ちょっと首を捻ってしまう類のモノが山ほどある。

 グリンピースはフランス語でLes petits pois、レ・プティ・ポワ。これが「あんたの頭の中にある」(dans la tete)という表現になったとたん、「あんたバカね」という意味になる。全く逆の意味かと予想していた。だって、グリンピースを思い浮かべてみて下さい。つやつやと丸っこく、栄養価が高くて、タンパク質、ミネラル、食物繊維等豊富で、若く青く賢い象徴ではないか。それが頭の中にあるのだから、フランス人は「きょうも冴えてるじゃん!」という時にこれを使う――ああ、翻訳家にならなくて良かった。

 Occupe- toi tes oigons. オキュペ・トワ・テ・ゾニオン。これは有名な一句。映画やドラマで会話に出てくる。直訳は「自分の玉ねぎの世話をしろ」。辞書的には、玉ねぎ=affaireの意、すなわち「自分のことだけしてろ=余計な口出しするな」となる。さらに「そんなの、私の玉ねぎじゃない」=「関係ない」というシーンもあった。文法的にはそれほど捻ったものでなく、機械的に「ふーん、そうなんだ」と通り過ぎる類のものであるが、私の頭の中に、次の図が浮かんで困っている。

 農業国であるフランス人は昔から一人ひとつ自分の住居地に小さな玉ねぎ畑を有している。これは社会保障と引き換えに、国民の義務であり、ちゃんとID番号も与えられている。国家の一大事にはその畑で耕した各人の玉ねぎでしのぐことになっているため、勝手な輸出、売買は禁止、もちろん他人の畑の作物の盗みでもしようものなら、それなりに重い刑罰が科せられる。だからいかに飢えに苦しもうと、失業しようと、浮浪者でも人の畑には手を出さないのがルールである。 そこへ異国からやってきた旅人が通りかかる。あっちで喧嘩が始まっているみたいだ。騒がしいみたいですけど、おまわりさん呼んだ方がいいんじゃないっすか――声をかけた住民にじろり睨まれ「自分の玉ねぎの世話しろよ」「☆☆☆??」 さらに行くと、山の手から火の手が上がっている「ああ、あっちが火事です!」「サラダ話してんじゃねえよ」「☆☆☆??」 この「サラダを話す」=「嘘、つくり話をいう」。どうしてサラダなのだ。「でたらめ」の象徴にされたサラダ側にも、それなりに言い分があるはずだ。一口にサラダと言ってもポテト、トマト&ルッコラ、シーザーズ、コールスローから中華まで何千と種類が存在する。サラダの数だけ、嘘のパターンも存在するわけだ。

 「その本はホント、なべだよね」――鍋?いや、ナヴェNavetって、フランス語で「かぶ(蕪)」だ。紛らわしい。つまり「その本って蕪だよね」?=駄作だ、という意味。可哀想なかぶ。日本では「大根役者」というけれど、あれもフランスでは「かぶ役者」と呼ぶらしい。フランスではかぶは歓迎されていないみたいだ。ところで私、Navetというアルファベットの並びや発音から想像される図が、河岸に浮かぶ、誰も載っていない舟がぷかぷかと揺れている画なのだが(決して印象派ではない)どうしてだろう

 ねぎはエシャロット。発音がフランスっぽく、いい感じだ。フランス料理には以外にもネギを使ったレシピが多い。ソースと合うのかな。「私はネギになった」=「長いこと待った」。時間をかけて、熟成する発酵食品じゃダメなのか。チーズ、バター、ヨーグルト、ザワークラウト、日本だったら納豆とかなれずしもあるけれど、直接的すぎて「例え」にならないのかな。