Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

chapeau /シャポーの真実

 Modan Jazzの振付で、黒い帽子を使った。Gillという黒人の先生だけれど、フランス語読みならジルだしスペイン語ならヒル、イギリス・アメリカ・カナダだとギルとなり、どこの国の人かは分からない。そんな時は思い切って「ハイ、ジル、ヒル、ギル」と声をかけてみる。すると「ギルだよ、チャオ!」と慣れてるよと言わんばかりの微笑みが返ってくる。あれ、チャオってイタリア語だよね。名前はさておき、今日はこの「帽子」が主役。

 帽子はいわゆる一般的なクラウン型の中折れタイプ。ソフト帽と呼ばれてはいるけれど、持てば意外にかっちりとしていて、早い動きの途中、多少雑に扱っても、ふにゃふにゃと形崩れしたりしない。振りは80年代ブロードウエイを思わせるシアター系、「これぞジャズダンス」といった洒落たノリで、素面ではかなり恥ずかしい。「なりきりグッズ」的要素も帽子にはあるのだ。手にすれば誰だって、胸トキめくものがあるだろう。いざかぶって音楽に合わせた瞬間、愕然とした。集団の中にひとり幼稚園児が混じっている。私である。

 振りを間違えているわけでも、遅れているわけでもない。こういうのは全員がぴたりと動きを合わせないと意味がなく、ほんの僅か違う動きや角度であるだけで目立つのだが、私の場合、どうもそういうことじゃない。原因はひとえに帽子である。生徒たちは国籍、肌の色、年齢、性別と様々だけれど、不思議と皆、空気みたいに自然に帽子を使いこなしている。くるくる回したり、脱いだり被ったり、チャップリンみたいにおどけてみせたり、目まぐるしく振りが加わる中、何の違和感もない。ところがそこに、通園途中の帽子をかぶった園児がひとり、きょとんと加わっている感じなのだ。海を渡ると日本人はただでさえ若く見られがちなのに(いい意味でも、あるいはその逆の意味でも)そこに帽子というアイテムが加わった瞬間、欧米の彼らはいっそう大人びて、私は若いを通り越して幼稚化した。鏡に映る私の浮きっぷりはとどまるところを知らず、半径30センチにスポットで雨が降っている模様。胸にチューリップのネームタグが付いた、黄色い雨合羽まで映って見える。『雨に唄えば』というミュージカルダンスを思い出したが、この状況、なぐさめにもならない。

 「あたまのかぶり物」という意味での帽子の起源は古い。紀元前4千年のエジプトで、既に王も庶民も頭に何らかのかぶり物をしていたらしい。日本でも旧石器時代には冠のようなものを乗せていたがどちらもまだ装飾品として、とりあえずのっけていた、という段階みたいだ。以後、世界史と日本史をそれぞれ文明ごとひも説いていかねばならないが、結局「ファッションとしての帽子」が日本に入ってきたのは明治維新、西洋文明の幕開けとともに、ということになる。紳士淑女の象徴であり、流行に敏感な人々のアイテムとして普及していった。

 いろんな帽子の種類がある。シルクハット、アイビーキャップ、野球帽、小学校の体育の時間に被ったのは紅白帽、避難訓練なら頭巾だし、学生帽とかセーラー帽なんてのもある。古い映画ではパナマ帽を被った俳優さんが出てくるし、真知子が被ればマチコ帽である(私だって、一応これぐらいまでは知っている。「マチコ巻き」もよくやる。)ノッポさんが被っていたのはチューリップ帽だし、登山家のかぶる、あの羽の付いた茶や緑のフェルト地の帽子はチロリアンハット。シャーロックのかぶる耳あての付いたシャーロック帽、正式名称はディア・ストーカー(鹿打ち帽)だ。

 日本での呼び名はやはり英語がベースで、うまいこと日本語に移し替えているものも多い。だからフランス語を習い始めたばかりの頃、hatをchapeau(シャポー)と呼ぶだなんて、帽子じゃない、別物みたいに感じた。シャポーを習うとたいてい一緒に単語集に出てくるのが、Une casquette: カスケット=野球帽、Une capeline:キャプリーヌ=つば広帽、Un bonnet:ボネット=つば広帽 Un chapeau de paille:シャポウ・ド・バイユ、麦わら帽子、あたり。Un chapeau melon:シャポー・ド・メロン=?ん、メロンの帽子?「山高帽」のことだった。メロンに似ているからだと。この山高帽という言い方もよく分からないな。イギリス発祥みたいだけれど本場ではボーラーハット、アメリカではダービー・ハットと呼ぶ。乗馬の際にダービー伯爵という人がかぶったから。

 私は学生時代、必要があってかなり質のいい「目出帽」を持っていた。頭から首まですっぽりと覆ってくれて、視界確保のため目と口の部分だけ最小限に穴が開けられているアレである。銀行強盗やテロリストの肩書きがあったわけではない。念のため。この帽子の発祥は19世紀、クリミア戦争中、黒海周辺のバラクラヴァという寒冷地。イギリス軍とロシア軍の戦いに赴く兵士のため、女たちが手編みでつくったウールの帽子と言われている。目出帽ってフランス語でなんて言うのだ。

 隠れる穴もない、せめて頭からそれをすっぽりかぶって踊りたい、、、鏡の中の園児は思った。帽子はかぶられるものでなく、かぶるものだ。

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