Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

パリダンサー図鑑(1) ハイヒール3人男、パリを踊る!!――Yanis Marshall(ヤニス・マーシャル)

 まずはこちらの画像を。パリの街をハイヒールで踊りまくる男3人組の映像。


YANIS MARSHALL "SPICE GIRLS" Directed By ...

 真ん中の彼が、Yanis Marshall(ヤニス・マーシャル)。今パリで最も若く、最も注目されるダンサー、コレオグラファー、そしてダンスプロフェッサー(教師)である。彼の独自性は何と言ってもこの私ですら履いたことのないヒールで男軍団(もちろん女性ダンサーもいるが)率いて、セクシーダンスを繰り広げる「フランスで唯一のダンサー」である、ということ。2013年6月30日に公開されて以来、現在(2014年5月17日)472万回以上の再生回数が記録されている。彼のユーチューブには今日の時点で93本の動画がアップされており、プロモーションビデオ、TV放映、クラス動画と様々だが、その中でも最大回数を誇る。

 パリダンス界、衝撃の新星ヤニスの、輝かしい経歴を紹介する。公式HP(仏・英)とダンススタジオHPの経歴を参照した。

 『ヤニス・マーシャル、弱冠23歳にして(※89年生だと現時点では24歳?筆者注)現在はパリで最大の注目を集める若手振付家、ダンス教師、そしてダンサーである。カンヌ近くのヴァロリス出身、母親がダンス協会理事であり、若くしてダンスをはじめる。11歳で彼はカンヌの舞踊学校に入学、ここで古典(クラシック)ジャズ、コンテンポラリーなど基礎技術をしっかりと習得する。2005年に卒業後、彼はダンス修行のためパリへ。センターダンスインターナショナル(リック・アダムスの有名なダンス学校)のEAT(ダンス資格)――のジャズダンスを、僅か15歳で、しかも優等で取得するという快挙を成し遂げサプライズの的となる。その年テレビシリーズでダンサーとして初登場。ミュージカル劇団(16歳、最年少)でフランスツアー、海外ツアーでプロダンサーとして活躍後、20歳でニューヨークに移転。BDC(ブロードウエイダンスセンター)で、シェリル・ムラカミ(エミー賞受賞、日系アメリカ人の振付家。ビヨンセやレディー・ガガなど)の教えに出会いひどく感銘を受ける。「street Jazz」のスタイル、それをフランスで伝えていくため、彼は野心を持って母国に戻ることに決める。2010年9月より、彼はスタジオ・ハーモニーで教師として教え始める。最初は週に2クラス、4人の生徒だったが彼はめげなかった。彼のプロ意識、アマから上級まで指導可能な素晴らしい能力は知れ渡り、すぐに体育館を埋めるほどの300人のマスタークラスを受け持つ人気教師に駆けあがるのである。

 教師としての実力はさながら、彼の本領は振付家、そしてダンサーとしての資質にある。教師業の傍ら、彼は国内外の様々なイベントのために実績を残した。ロシア・ソチの国際フェスティバルなど。またテレビ番組≪ La Meilleure Danse»では、ヒールダンスの振り付けで人気を博し続ける。また歌手のビデオクリップ、台湾のスーパースターのための振り付けを通して、国際的な活躍の場を広げている。(23歳の)新進気鋭の若者は、今やパリで最も勢いのある絶大なコレオグラファーである。』

 親がダンス界の大御所だったことから、血筋も環境もサラブレッドのヤニス。バレエ界における2世エリートダンサーがマチュー・ガニオ(両親とも世界的バレエダンサー)だとすれば、ダンス界の貴公子は当然ヤニスということになる。スタジオハーモニーのダンス教師の中には、22歳でダンスを始めた人もいるぐらいだから、23歳にして殆どフランスの若手頂点に上り詰めた感のある「無敵ヤニス」の大物ぶりは、表現のしようもない。

 まっとうに、ジャズやコンテンポラリーで大家の王道を貫いて行っても良かったろうに、彼の転機は20歳の時のNY。シェリル村上(おじい様が日本人です)のいわゆる「ハイヒールダンス」に衝撃をうけて「殆ど恋に落ちてしまった」(本人談)という。どうして「talon」(フランス語でタロンは“ヒール”=かかと)だったのか。彼にとって「かかと」とは「アクセサリーの一部」だったのだ。

 彼が衝撃を受けたNYのシェリル村上のダンスを知ると手っ取り早い。なるほど、この手のセクシー、ファンキー系ダンスにやられたのね。米国風味・ドNY、全開。こりゃあ、ひとつ俺が背負ってフランスに持って帰らにゃと、ハタチの青年は思ったわけだ。そしてその読みは、彼の予想以上に、パリを吹く時代の風に乗ってしまった。

 彼の公式HP、フェイスブック、ツイッター、そして公式ユーチューブチャンネルは、どれも違った嗜好がこらされ、彼の「アーティスト」としての才が存分に堪能できる。動画世代のダンサーは、あらゆるツールを駆使し、アーティスティックな自己発信を常に求められている。そしてまあ、、、欧州では特に偏見はないが、いわゆるゲイバーの皆さま、当該各方面と思わしきファンクラブの熱い声援が刻一刻と送られ続けている。なるほどこのような時代的背景の波もあった。

 最初の『スパイスガールズの曲でパリを踊る3人男』がとんでもなくヒットしちゃっているけれど、他の動画の完成度が凄すぎる。というのも、火曜の夜に彼はスタジオハーモニーで、ストリートジャズ、ストリートジャズタロン(ハイヒール)という連続2クラスを持っていて、そのクラス動画がアップされている。生徒のレベルは高く、ほぼ「ヤニスのバックダンサー」のつもりでなりきって踊りまくる。さらに、プロモーション用動画を結構頻繁にUpしているので、そちらも要チェック。毎回、別人かと思うほどヤニスの姿や表情、髪型が変化している。掴みどころのなさもまた、彼の魅力かも。ちなみにクラスの時は、物凄く男らしくきびきびと指示を出したり、かと思えば私が初めてクラスに出た時は、バレエのバーにつかまって、白鳥を踊ってた。・・・・うますぎた・・・。


YANIS MARSHALL CHOREOGRAPHY. "PARTITION ...


YANIS MARSHALL INTERVIEW BY RHYS ...