Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

C'etait pour des prunes/それはプラムのためだった 

 フランス語でPrunesもPruneau も、どっちも「プルーン」だ、と勝手に思っていた。単数と複数形の違いか、でも複数だったらXとかつくのでは?微妙な疑問はあったが、ついぞ解明せぬまま来た。大して生活に支障はない。ただ表記が違うということは、明らかに意味が違う別の「もの」を指している。これはハッキリさせておかねばならない。

 Prunesだと英訳がPlum (プラム)となって、いわゆる生の果物としての西洋スモモ全般を指す。PruneauがPrune(プルーン)と訳されて、フランス語辞書だと丁寧に(seche,乾いた)=ドライフルーツ、乾燥したものをさす、と使い分けるらしい。

 それから私がはじめて知った、フランスのアジャン・プルーン。(le pruneau d'Agen :préfecture du Lot-et-Garonne en Aquitaine) フランス南西部、ロット・エ・ガロンヌ県のアジャンという街で作られ、最高品質として欧州連合による地理的表示保護(PIG)がなされる有名なものらしい。スーパーで売っているいわゆる乾燥フルーツで頭に思い浮かぶ「プルーン」でなく、大粒でふっくらとした極上(お値段も)プルーンらしい。マロングラッセのプルーン版?どうせフランス人のことだから、極上のワインと組み合わせたりするんだろう。

 そういえば、こちらのガトー(お菓子)には「スモモのケーキ」だの、ジャムだのが多い。日本で言えば「梅」みたいなもの?(梅ケーキ、梅ジャムとか・・・)ちょっと違いますね。

 C'etait pour des prunes という例文を辞書で見つけた。直訳すれば「それは、プラムのためだった」となる。???意味は「それは無駄だった」。なんでプラムが無駄なものの代名詞になっているのか。鉄分(Fe)を含んで、貧血気味の小学生だった私なんて、小さい時から義務的に摂取させられた、有益な食物なのに。

 今期の口頭試験が終わった。フランスにやってきて、これで全テストが終了したわけか。ほんとのこと言うと、帰り際校舎をあとにしてちょっとだけぐっとこみあげてきた。結局のところ、この1年の全ては無駄なことだった――という無力感。未来も希望もないこの街で、この国で。

 世の中には「人生、無駄なことなんて一つもないさ」と殊勝な心掛けを口にする人々がいる。ここで日本人の特性だとか、人種論を持ち出すつもりはないが、そもそも私には信じられない。そういう人に限って、自分の今、本当に最優先すべき事項を見誤っていたり、とんでもない遠回りをして機会も能力も無駄に消費していたりする。私には「趣味」などというものを持つこと自体が信じられない。人生ひまつぶしで終わってどうするのだ?目にする全て、触れる全てに対してその都度、命懸けでやって来た人間には、「息抜き」だなんて口にする一分もなかった。そういうことを言えるのは、そういう余裕のある層だけだ。

 時間やお金や能力は、タダじゃない。「人生無駄なことなんて・・・」みたいな、一見ポジティブに聞こえる文句にだまされるもんか。自己弁護はごめんだ。無駄なものは無駄だと=「それはプラムのためだった」と、ハッキリ言える眼と力がなければ、異国にいる外国人として、到底「個」として立つことなど、できはしない。

 無駄なことばかりやって、それを有益な「仕事」だと信じて一生を安泰に終える、どこかの国の人たちもいる。役人に限ったことではないが。彼らはプラムの味を知らない。

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