Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

Concentrer /『集中力』 小説も、ダンスも

 6月も中旬。今朝は1年通ったパリの仏語学校へ行き、春学期、最後の試験をパスできませんでしたという(情けない)証明書をもらう。この国では命を繋ぐのに全て紙が必要。そんな証明要らんわいと思っても、こっちから頼み込んで無理にでも出してもらう必要がある。ちなみに、文法(筆記、聞きとり、作文)試験の成績と、フォニティック、3つ選択した文明講座の授業のほうの成績(note)も教えてくれる。2点足りないよ、2点・・・。しかも一番ダメだと思って投げてたフォニティック(発音)が、すこぶるいいじゃんか!!!なんなんだ・・・。

 「学校いかんで働いとったんだろ!」ということになりかねないので、「ワタクシ、誰それは、いついつからいついつまで、誰のクラスで、週20時間、一日も休まず、真面目に出席しとりました」という「出席証明書」も、ついでに頼んで発行してもらう。ちゃんとハンコも、サインも貰う。

 土曜の激疲れから一転、日曜午後はひたすら部屋で書きまくったので、身体は休まった。週末はヤニス・マーシャルがイタリア、ヴェローナに行っちゃったためか、クラスが休講になっている。代理でへたにクラスを取ろうと思ってもぱっとするところがなく、思い切って今日は13時間恐怖の小説マラソンにチャレンジ。これはしょっちゅうやる。なんで13時間かは分からない(笑)。それほど迷信深くないし。8時間だとフツ―にみんなフルタイムで働くじゃん、という負い眼のようなものもあるし、東京の新聞社時代は地獄の通勤時間が朝と深夜にプラス1・5時間ずつ加えられたわけだ。それから23時まで開いている大丸ピーコックにぎりぎり寄れる日は、30%オフのシールの付いたチーズを買って帰り、6畳の部屋でバタンキューという、それだって比較的安定したほうの例。(何かあればその日のうちには帰れない)。

 そんな時代を想えば、じっと静かに机の前に座って、自分の井戸を掘りつづけるためには「13時間」ぐらい課さなきゃヒトとして罰が当たる、という気が。

 それは集中力との闘いである。どんなに粘っても、途中でダンスのユーチューブなんか見だしたら、もう終わりである。ボクサー並みの自律精神がなければ、到底やっていけない小説マラソン。語弊があるかもしれないが、そう言う意味では、サロマ湖を走っちゃった方がまだ、自分を強制的に追い込む環境だけは、長時間にわたり維持される。13時間、コーヒーもユーチューブも、手に取ろうと自分の意思一つで決められる環境の中で、パソコンに向かって書き続ける体力、気力、これらを総称し「集中力」と呼ぶ・・・って、フランス語で他人になんて説明したらいいのか。そもそも説明する相手も、シュチュエーションも浮かばないけれど。名詞で使うなら、concentrer、でいいのかな。

 Tout ce qu'il te faut faire est de te concentrer. 「大事なことは、集中力です」

なんか例文っぽいなあ。自分で作っておいて(笑)口に出すなんて想像できない。

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 小説を長時間にわたり書くことも、あるいは瞬間勝負の、1分、3分といった短いスパンのダンスの振り写しにおいても。こちら側に集中力がなければ、何をやっても無だ。

 実は今日、自分の写ったダンス画像が公開されていたのを初めてみた。

 3分。謙遜でなく恥ずかしすぎて、呼吸が止まりそうになってしまった。。。。私がひとり、ヒドすぎる。まああえて一番後ろで、(意図的に)なるべく写らないようにはしていたのだけれど、そしてそのもくろみは、先生や、前列のお局軍団の陰に隠れてうまいこと機能したわけなのだけれど、「こ、これでいいのか、じぶん・・・」と絶句。

 なんというか、他のフランス人生徒たちは、とにかくでっかいのだ。立っているだけで、特に女がもりもり、どすどすとして威厳がありすぎ、ちょっと手を動かそうものなら、パンチを加えようものなら、まっとうに空間を引き裂く。が私は単に、後方に揺れる雪柳、単に背景の一部と化している。ユーミンの歌じゃないよ!(♪ 揺れる 柳の 下で~ って歌、ありましたよね『卒業写真』)百歩譲って人間に昇格したところで、ただの小学生の学芸会の木琴係みたいなもんが、後ろに一人いるなあ、ぐらいの印象である。そして所々、間違えている。(タイミングが一拍、遅れている)アンサンブルが大事だから、こういう時の遅れた腕とか、すんごい目立つ。ほんとうに。

 ああ、もう明日先生の顔まっとうに見れない・・・。と落ち込んだ、落ち込んだ、日本なら、この類の劣等感は感じたことはなかったなあ・・・。体格の違い、持っているものの違いといったって、所詮似たり寄ったりだったから。でもそれが、フランスでは「決定打」なのである。もう言語を越えて、太刀打ちできない、強さ、壁がある。踊りつづけることが、不可能なんじゃないかと思えるぐらい、若干打ちのめされている。(♪ 倒れても~置きあがる~みたいな歌、中島みゆきに、ありましたよね)

 頑張れ自分。励ましつつ、今日はダンスを休んで早く寝ようと思ったら、まちに待った、パリ第8大学院からの結果が到来。あれ、あんた許可って書いてある。来月登録してくれって。どうなってるの?

  人生迷走中。

 パリ・セーヌ川河畔にも夏が来た。語り合う誰かがいるって、素敵なことだ。

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