Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

フランスで『Brordway Jazz』ダンス a Paris

 今日まで、NYブロードウエイダンサー:Gerrard Carter氏を招いた『Brordway Jazz』のダンスのスタージュがあった。

 更衣室、いつもと違う空気が流れているのは、英語がバンバン飛び交っているから。米国系のおねーさんたちがタンクトップに着替えて、フランス当国において貴重な英語スピーカーのchorégraphe invité(招待振付師)の登場を心待ちにしている。

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 ジェラードはヴィクトリア大学アート出身、とあるからてっきりカナダのヴィクトリアかと思ったら、どうやら大陸違いで、本場オーストラリアのよう。キャッツ、ウエストサイドストーリーなど主要ミュージカルのオーストラリア国内物は殆ど制覇した上で米国ブロードウエイに渡る。オフ・ブロードウエイの小作品を含め、フォッシーなど名だたる名作でダンサーとして豊富な経験を持つ。全米ツアー、そして来日公演にも参加している。(ので、私はきっと、なにかしらの舞台で、東京で彼を観ているはずだ。)ヨーロッパでもウエストサイド、オペラ座の怪人等。その他ロス、カリフォルニアのオペラ劇場で踊る。プラシド・ドミンゴのステージでも共演したと書いてある。最近では、コーラスラインの世界ツアーを終えたばかり、とのこと。

 彼はネットで個人HPもFacebookも持たないのか、検索しても、出場したブロードウエイ作品と名前が引っかかるのみだ。「教師・ダンサー・振付家」の三本柱揃ってあの手この手で自分の名を売り込むべく必死なのが現代一般的フランス人ダンサー。1で済むことを10にしてアピールし人気獲得に努める姿、それに一喜一憂する生徒もなんだか少々痛ましくさえある。そこへきてこのギャップ。ソーシャルで自分を売り込まなくて大丈夫なのか、と人ごとながら思ったが、逆に正真正銘本場のブロードウエイで、その日食うか食われるかで勝負している人間だからこそ、個人発信の形は不要どころかむしろ制約/取り決めがあるのかも知れない。それは契約であり、ビジネスであり、生活であり人生である。20代の部活動ではない。何が明日自分を屍にするか分らない怖さは、欧州の(というと語弊があるかも知れないけれど――あえて、私を含めて「こちらにいる」)人間、ある種の熱のみによって突き進む若い教師にとっては想像もつかない世界かも知れない。(その『熱』も大事なのだ、人生のある時期には。)

 実際、彼にはオーラがあった。顔つきにも、声にも、彼が歩んだ道がこちらに一瞬で伝わる。こちらの背筋が伸びる。腹筋も、バットマンの一回も、この教師の前では妥協するもんか、と思う。彼の身体は、彼の履歴書である。

 これまでダンサー図鑑で紹介済の若手『三本柱フランス人教師』らは、若くして「自分の内面の世界」の表現へ向かった者たちである。女(男も)生徒たちに囲まれて20代を過ごし、中には自分のカンパニーを引っさげているモノもいるが、それでもいったんその道を歩きだすと、一番身体にエネルギーがある時期に、新しい自分、自分の限界をどこまでも引っ張り上げる、ぎりぎりの経験にチャレンジし続けること、自分を破壊し続ける機会そのものを得ることが、難しいんじゃないかと、正直思う。自分を真っ向から否定される経験、理由も分らず厳しく叱ってもらえる(20代はそれが許される最後の時代だ)経験がないまま、何となく自分の世界を掘り下げてしまう。(・・・ことができてしまうんじゃないか、と推測する)結果、教師10年選手といえど、どうも若手と変わらな~いような、ゆる~い踊りをするクラスもある。(もちろん全てではない)若手教師の中にも、その人がガッコーで3年間どの教師について、どんな基礎練習を積んできたか――がまるまる透けて見えるような人もいる。(もちろん全てではない)

 そんな中、ジェラードのクラスで、頭っからガッツンと厳しいレッスンを受けられたことは、私にとって眼の覚めるような経験だった。

 フランスにいるからには、“フランスらしいコンテンポラリー”を習得しなければいけないんじゃないか、フランス式のモダンがあるんじゃないか、と思って、どーもこのセンセは違う・・・と思うクラスも頑張ってとってみたりしていたけれど、ジェラードのクラスで最初の一時間のきっついトレを受けてた時自分の身体が、今までで一番素直で自由で、足も、腕も、今までより3センチは大きく伸びて動いていた。自分にできないことをやらなきゃ、未知なるものを開拓しなきゃ、退路を断ってやってきた意味がないと思っていたけど、身体が「それ」を望んでいて、既にその訓練も準備もできていて、本当は、ほんとうに、心の底から好きなスタイル――それは私にとって、最初っからNYスタイルの、あの激しいジャズなんだなあ、コンテよりでもなく、なんか訳わからない内面表現くねくね系でもなく、スポットライトがジンジン熱くて、それ一杯に浴びて、誰より速く回って、誰より高く飛んで、舞台の上で全力出し切って音楽終わった瞬間に倒れたら本望だ、とすら思う、あの汗だか涙だか分からないしずくが、罵声とともにいっぱいに飛び散る、あの感覚、ジャズダンス。 ・・・ないものを求めるのも大事だけど、自分の出発点と、いまある、持っているものを、確認することも大事。ごめん、マイルス・デイヴィス(笑)。

 ところでフランスで『ミュージカル』ってあまりきかないと思う。今シャトレで「King and I」がきているけれど、最初「Roi et moi」って何のことかと思った。ええっ、「王様と私?」ロワ(王)・・・。フランス語って、ミュージカルやその歌詞に徹底的に向かない気がする。

 フランスは基本クラシック(バレエ)の国であり、ヨーロッパは概してオペラ(イタリア)、クラシック音楽(ドイツ)等々発達してきた歴史を考える。さすがに最近はフランス発のミュージカルもあります。ハイ、ちゃんとあります。でも「フランスでミュージカルが根付かないわけ」については、米国、NYとの歴史、伝統、価値観、の違いを引っ張り出さねばならないので、回を改めて検証予定。今日の収穫としては、フランスでまっとうな「正統派ジャズダンス」のクラスも教師も探すのは非常に難しい、ということです。ジェラールは明日で帰っちゃうしなあ。7月の夏のスタージュは、一週間新しいブロードウエイの先生が来仏予定。ご存じNY、BDCと双璧をなす有名ダンススタジオ『ステップス』の先生。

 ジェラールのクラスでやったのは『Cats』のジェリクル・ベルの40秒目あたりからのアンサンブルの部分。教師はもう『舞台人そのもの』のオーラびんびんで、教え方はストレートかつ無駄なし。いかにも「米国ジャズ」!の王道まっただ中。これ、観てるより踊ると終わった後「Give me 酸素!」といいながら床に倒れたい衝動にかられる。飛ぶし、跳ねるし、回るし、男性パートはすんごい力いるし・・・


The Cats at the Jellicle Ball - YouTube