Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

continuer dancer! 「どんなことがあってもダンスを続けよう」と彼は言った

 ダンス月間、7月の怒涛のような第一週が終わった。今週はNicolas君の週で最初の2日間が"Stimela" by Wynter Gordon、次の2日間が、私の大好きなブライアン・フリードマンも振付でやったTravis Garland - Where To Land、そして今日は、Stimelaにも出演していたダンサー、振付家、芸能人のZack Reeceくん(1987年生まれ)をメインに招き、彼のコレ(振付)を共同講師みたいな形で一緒に造り上げて行った。2作目が比較的エモーショナルな作品だったから、今日はシューズを履いてかなり速め、HIPHOP&アフリカンの要素の強い、息の切れる作品だった。まあ最終日だしね。

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 (上記写真)ザックくんのことは「ダンサーズ図鑑」で別途取り上げても良かったが、ニコラやジェシーら同い歳の「ああ、あの一団ね」という点を鑑み、省略した。ごめんね。彼はテレビ(ダンス番組)を中心にダンサー・芸能活動を主としている。肩書きは「アーティスティックディレクター、パフォーマー(芸能人)」となっている。ニコラと何度か二人でデモを見せた。ニコラは身体が細い分、繊細で、表情含めデリケートな感情表現。対してザックは力強い。大地の底から湧きあがるような、というと陳腐に聴こえるかも知れないけれど、まさにそんなエネルギーとパワーで圧倒させる。クラスの進め方もうまい。妥協させない。コレオグラファーの意図は、振りを入れている段階で、はっきり伝える。違うところは違うと指摘する。「分かる奴には分かるだろう」方式でなく、一人残さず全体をぐんぐん引っ張っていく感じ。振り付けは緩急ハッキリしているので、(私は)どこで気持ちの抜き入れをしたらいいか感じられて、やり易かった。スローが続くと、さほど実力がなくても「それっぽく」踊って、何となくうまく見せちゃう、あるいは本人もそのように感じちゃう――ダンサー(生徒)も居る。でもこの振りはダイレクトな体力・精神維持勝負。集中力が切れた者が、ずりずり後ろに下がっていく。誰が「負けない気持ち」を最後まで持ち続けられるか。単にコレオ(振付そのもの)や、周囲に対してといったレベルじゃない。「自分が今からする次のアン(1)」に負けない。音楽に負けない。そうした極めてシュールな内的戦いを制した者が、初めてこの踊りを「はじめる」ことができる。表現の土俵に立てる。そこに立つ前に、諦めるなんてできない。

 マーキング(音合わせ)の後、英語圏だとfirst、second、とグループ分けして何度か踊り、LASTは全員で、というパターンだった。フランスではこれはPremière(プルミエ) 、Deuxième(ドゥージエム)、ラストはdernier:デルニエ、と言います。映画の「デルニエ・メトロ」ってあったよね。(古いっ)デルニエ・フォワの前に、女性プルミエ、女性ドゥージエム、ギャルソン(男性、これも二つに分けることが多い)、そして講師最終デモが最高潮に高まったモードの中で入ったりして、最後は全員一緒に、ほんとうのデルニエ、となる。私はこのフランス語の「dernier:デルニエ」という発音が好きだ。「Last:ラスト」という機能的な終了を意味する単語には含まれない、ほんとうに、ほんとうの、全ての道のり(過程)の終結である何かが、そこに感じられるからだ。毎回思う。

 Nicolasはザックとの最後のデモを終えて、言った。「みんな、この一週間ほんとうに、ほんとうに、有難う。僕は心から嬉しく思っている。みんな、よい週末を!良い夏を!そして、何があっても、“continuer dancer~~~ !”」

 そういって、割れんばかりの拍手と絶叫の中、最後の一回――「dernier!」――全員で――と、音楽が流れた時、私は不覚にも、ぼろぼろと涙をこぼしてしまったのである。

 その場に居る全員、一人残らず、身体から滝のような汗を吹きだし、Tシャツは身体にべっとりとへばりつき、女性の髪はシャワーの後みたいにびしょびしょだ。顔だって湯気が出ているみたいに、真っ赤に茹であがっている。涙なのか、汗なのかなんてわかりゃしないだろう。

 なんで泣いてるのか自分でもその時は分からなかったが、早い話「うおおお、生きてて良かったぁぁぁ・・・」と思ったんである。間違っても、自分のことではない(笑)

 彼らはまだ知らないだろう。これから、ダンスを続けたくてもできないあらゆる事象が待ち受けている未来を。想定しうる生活上の困難もある(金・女・人生・国籍)。ある日突然無言の暴力が、彼らを襲うことだってあるかもしれない。地震、天災、大きな目に見えない「力」は、突然理由なしにやってきて、昨日まで築き上げてきたものを根こそぎなぎ倒していくんだ。昨日まで自分を信じ称賛してくれた人々が一日で豹変するさまを見ることになるかもしれない。明るい光の裏に、大きな闇が口を開けているのを嫌というほど感じるかもしれない。

 それでもやっぱり、自分のたましいは、ダンスにしかない、と信じるだろう。体力の衰え、今の君のように、飛ぶ鳥落とす勢いで、今度は追われる立場になる日だっていつかは来る。それでも君は、君らは、いや、ここに今日集った少なくともわれわれは――ダンスを愛し続けずにはいられないだろう。生きている限り。C'est la vie。

 そういうことが瞬時にして頭の中を駆け巡ったのだろう。ここに集った、そして200%自分の「生」を切り刻んだ、2014夏のバスティーユの一瞬、それを共有したというその事実は、「奇跡」以外の何物でもない。誰が何と言ったって。

 Continuer dancer! 「ダンスを続けて行こう」、踊りつづけよう――。

 どんなことがあろうとも。この夏の始まりに、彼は確かにそう叫んだ。

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