Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ『ノートルダム・ド・パリ』ローラン・プティの小粋さ 7/13公演で印象新たに

 『ノートル・ダム・ド・パリ』(パリ・オペラ座バスティーユ公演2014年7月13日14:30 主要4役は下記の通り)これまで自分がこの作品に抱いていたイメージが一新された。いい舞台だった。

(公式HP要約)【1965年、ローラン・プティによりオペラ座のために振付された。ヴィクトル・ユゴーの原作に基づき演劇性の高い強烈な作品。4メインキャラクター、エスメラルダ、カジモド、フロロとホイボス。愛と死の悲劇の中に人間性を認識し、憎悪と嫉妬の顔を描く。大聖堂の雄大な景色が、モーリス・ジャール作曲のオリジナル音楽に載せて。またイヴ・サンローランによる衣装も見もの。同じくカラフルな中世ステンドグラスをデザインした】

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NOTRE-DAME DE PARIS:ROLAND PETIT―― dimanche 13 juillet 2014 - 14H30

Avec son sens de la théâtralité, Roland Petit adapte le chef-d’œuvre de Victor Hugo. Entre les personnages se joue une histoire tragique d’amour et de mort où la beauté côtoie le grotesque et l’humanité se heurte à la jalousie. 

Première chorégraphie de Roland Petit créée pour le Ballet de l’Opéra en 1965, Notre-Dame de Paris est une œuvre intense. Avec son sens aigu de la théâtralité et son goût pour les histoires dramatiques, Roland Petit s’empare du chef-d’œuvre de Victor Hugo. Entre les quatre principaux personnages, Quasimodo, Esmeralda, Frollo et Phoebus, se joue une histoire tragique d’amour et de mort où la beauté côtoie le grotesque ; où l’humanité et la naïveté se heurtent à la haine et à la jalousie. Yves Saint Laurent conçoit ses premiers costumes de scène, vifs et colorés comme autant de vitraux, tandis que les décors imposants et majestueux de la cathédrale, tout comme la musique originale composée par Maurice Jarre, participent au succès de cette grande fresque située au Moyen Âge. 

Maurice Jarre Musique /Roland Petit Chorégraphie et mise en scène (Opéra national de Paris, 1965)  René Allio Décors:Yves Saint Laurent Costumes :Jean-Michel Désiré Lumières :Les Étoiles, les Premiers Danseurs et le Corps de Ballet

Orchestre National d’Île-de-France: Kevin Rhodes Direction musicale

 Notre-Dame de Paris - Vidéo Dailymotion 

 パリ・オペラ座公式HpからDailymotion視聴可能。前監督ブリジット・ルフェーヴェル最後のお仕事、解説付き。画像はDVDにもなっているイザベル・ゲランと先日引退したばかりのニコラ・ル・リッシュ。彼の当たり役だった。初めて舞台で見たのはローラン・プティではなく「国立モスクワ音楽劇場バレエ」。2010年4月、東京渋谷Bunkamuraで、ナタリヤ・レフドスカヤ主演を観ている。(なんてマイナーな。ご存じでしょうか。前日のガラも全部観た)ストーリー自体のくどさ、一幕の最後「女ども、オペラじゃないんだから絶叫しすぎじゃん」(笑)オケの音の良さに感動したと、記録が残っている。カジモドの足を引きずりながらの演技、貧しいながらも生き抜く『群衆』個々のダンサーがよく描け、動けている点。“旧ソ連の歴史を持つ人々に、パリのこの作品は受け入れられたのだろう”とその時まとめている。

 あれから4年。パリに暮らしパリ・オペラ座でローラン・プティ版を見るとは思っても居なかった。(NYかロンドンかと)そもそもニコラは引退済みで、伝説の二人の永久保存版的DVDも出てしまった今、若いカール・パケットみたいな超イケメンがカジモドやってどうすんのさ、とさして期待せず、いざ、バスティーユへ。   

 

【本日の配役】

ESMERALDA Ludmila Pagliero リュドミラ・パリエロ
QUASIMODO Karl Paquette   カール・パケット 
FROLLO Josua Hoffalt   ジョシュア・オファルト
PHOEBUS Fabien Revillion ファヴィアン・レヴィヨン

 結論から言うと―――ハマった。(日本で)このDVDもっていたのに、舞台で観ると全然違うじゃないか!!!

 席が左サイド上方からだったので、実は1~2階正面のいい席なら見えたはずのノートルダム正面とか、鐘シーン背景は絵画的には残念だったのだが、ダンサー群舞のフォーメーションが、上から丸ごと見える位置。作品振付の意図、めくるめく群舞(つまり民衆、ひとりひとりの動き)が手に取るように全て見える。もうこうなると遠さなんか関係ない。さらにオケボックスの中が全部見え、この作品のために作曲された何とも特徴的な鐘の音、金管の出方が殆ど目に見える感じで伝わってくる。東京文化会館の「バレエ公演で、音は諦めよう」にすっかり慣れているから、海外の舞台演奏でこれほどまでにオケの質が高いのに、毎度ビックリする。そして衣装のなんと効果的な、お洒落なセンス!!舞台で、振り、フォーメーション共に観てこそ、いかに観客の目に訴えるものか分かる。

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 リュドミラ・パリエロは2012年3月にエトワールに昇進した(1983年生・アルゼンチン出身)ドロテ・ジルベールの代役の代役!で、ガムサッティを踊り任命された。チリからやってきた彼女、その凄まじいテクニックで時期エトワールの座は確実とされていた実力派である。髪の色も濃い茶で、派手なスターでは決してない。でも技術の確かさでキトリ、カルメンからバランシン作品、果てはコメディまでと抜群に、完璧にこなす。エスメラルダも同様、妙にお譲様風、あるいは登場した瞬間にジゼル風不幸を背負っていたりすると私は首をかしげてしまいたくなるのだが、あくまでどこにでもいる「街のエスメラルダちゃん」顔で、完璧な足さばきを見せる。プティ作品は彼女に合っている気がする。

 カジモドのカール・パケット君があまりにイケメンすぎ「5日前はボレロあんなに凛々しく踊ってじゃん」と突っ込みを入れつつ観察。ニコラ引退後、彼がこの役を演じるのは複雑かもしれないし、そうでないかもしれない。どんなに醜くても「王子様」なキラキラのカジモド。汚らしいメイクで頑張っているけど舞台のどこに居ても貴公子カジモド。カジモド役って、帰りにメトロの駅に居そうな浮浪者っぷりがひとつの見せ場だけれど、歴代と比較することもないのか、と思ったのは、なんだかんだ言ってカール・パケットは「魅せる」んだ。それが「スター」だ。独特の個性を放つリュドミラとの作品における相性のよさもある。キャストだけでなら、敢えて選ぶことはなかったかも知れない。でもプティ作品の「コケティッシュさ」はそれを踊れるだけの 1)テクニック と 2)「真の気品」がなければ表現することは無理。ただの下品な現代風振付になりさがるだけだ。

 本日、特筆すべきはフロロ役のジョシュア・オファルト、この人だ。

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どう考えても、こっちじゃなく「フェビス役」のNo1では?実際バレエ団から最初のオファーはそちらのほうで、悪の権化フロロ役は自分で願い出たものだそう。このダンスノーブル(王子系)まっしぐらの彼が何故?

 これまでローラン・プティ作品に恵まれなかった。直前の怪我で、リハーサルまでして諦めたこともある。彼なりに想いはあったのだろう。プティ作品の演劇性に学ぶところが大きく、今回、フロロの「悪」のイメージについても、ドイツの古典映画からイメージを膨らませたという。「だってプティが作品で表現したのは繊細さではありません。ヘヴィ―で、偽りのない感情を、観客の目にハッキリ伝えることが必要です。そのためにメイクと衣装の力をかります」とインタビューで語っている。彼自身の思考錯誤から練り上げられた言葉だ。

 「僕は毎日誰にでも感じよく、誠実でありたいとつとめています。しかし舞台の上では全く別の底意地の悪い人物になりきる――極限まで自分と異なる人間になる楽しみ、喜び。だからこの仕事をしているとも言える」

 受け答えに、彼の人柄、バレエに対する高い次元の思考が読みとれる。

(他に興味を引くダークな役、例えば『白鳥」の悪役、ロットバルトを踊りたいか――と聞かれて)

 「いや、それとこれとは話は別なんだ。白鳥のプリンスは僕にとって、王子役を一つ選べと言われたら即答するぐらい踊りたい役。『ロメオとジュリエット」におけるティボルトは、と言われるとこれも違う。やっぱりロメオがやりたい。ロメオで表現できる感情の幅がとても大きいからです。つまりね、重要な判断のものさしは「善人か悪人か」ということではないんだ。どのようにその人物が描かれ、表現すべき感情・成長があるか。ノートルダムにおけるフロロは、とにかくその意味において、興味深い役なんです。