Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

グラナダ版ホームズ第5シリーズ第31話:The Adventure of the Illustrious Client『高名な依頼人』

 56短編の50番目、ストランドマガジン1925年2・3月号。『事件簿』掲載。ある婚約を破談にしてくれと非常に高名な、非常に身分の高い」ある人物から依頼。

 

 *物語冒頭、二人の衝撃トルコ風呂シーンから。正典で確認「二人とも大好き」(ワトソン、地の文で)ということになっているが『フランシスの失踪』ではホームズは「高価な上、だるくなる」。先に書かれたのはフランシスのほう。シャーロキアンの聖なる活動の一つは、正典の矛盾を正当化すること(笑)。おそらく「ワトソンに連れられてホームズも足繁く通ううち好きになったのだ」、あるいは、二人とも大好きというのはあくまでいつものワトソンの独断で、たまたまホームズが機嫌よく同行した――等々、あらゆる説を立てて楽しんでいるんだろう。簡単な推理だよ、ワトソン君(笑) 

 実際に今も舞台となったNorthumberland Passage(ノーザンバーランド・パサージュ)には、トルコ風呂の名残のタイルがあって向かいがシャーロックホームズパブ。

*依頼人、の仲介人であるジェームズ大佐は、上流社会で新聞沙汰に出来ない繊細な出来事を調停する人物だという評判。

正典の描写がとても優れていたのだが「光輝くシルクハット、黒いフロックコート、実際彼は、黒いサテンのネクタイにつけた真珠のタイピンからエナメル靴にかかった紫のスパッツまで、細部にいたるまで服装には細かく気を配る」という、映像でもそのまんまの高貴さが窺える。英国ってそういう意味でやはり階級社会だ。フランスとも全然違う。

*ホームズが使ったのがシンウェル・ジョンソンという男だけれど、正典に彼の経歴が触れられていて、ロンドンの地下網に詳しい訳が納得できる。そして今回「最優秀助演賞」はキティ・ウインターちゃん役の彼女。物語後半、最も人間的ドラマを醸し出し、ホームズの正義感を静かに燃え立たせる。

*ホームズの名刺に自ら「Mr」。仏も自ら「マダム」と名乗るしね。

*ホームズとワトソンが待ち合わせたのがロンドンの名店「シンプソンズ ストランド」Home - Simpson's in the Strand 1828年創業ローストビーフで有名、ゲストブックにホームズの名前があるって本当??

 Simpsons in the StrandSimpsons in the Strand

*モリアーティー、モラン大佐と続き、今回もハラハラの大物宿敵。ヨーロッパで最も危険な男:グルーナ男爵。犯罪心理学的にみて:ホームズ「複雑な精神構造ですな。大犯罪者は皆そうだ。僕の古い友人のチャーリー・ピース(天才的な変装で知られる実在の殺人犯)はヴァイオリンの名手だし、ウェインライト(実在の毒殺者)も芸術家だ」

*正典にはなかったと思ったセリフ。グラナー男爵の邸をホームズが訪問した際、去り際「イギリスで葉巻をやるなら火を付ける前にラベルをとることだな。ゲスな男として排斥されるぞ」。散々言われっぱなしだったホームズのせめてもの捨て台詞。

*「僕は彼女(グラナーのアホな婚約者のこと)が気の毒になったよ、ワトソン。一瞬、僕は自分の娘ならこう感じるだろうという気持ちで彼女の事を思った。僕が雄弁なことはほとんどない。僕は頭は使うが心遣いはしないのでね」

*今回は「バリツ」仕込みのホームズがメッタ切れにやられまくる。

『ホームズ暴漢に襲われる』早版を配る新聞売り

THE ADVENTURE OF THE ILLUSTRIOUS CLIENT

*グラナー男爵は陶磁器コレクター。ワトソン「一夜漬けの陶器ネタ」で正体暴かれてしまう―――その後の急展開で、不覚にもぐっと来る。ここんとこグラナダ版の勝利。正典は文章で読ませはしたものの、ことキティに関しては、グラナダで付け加えたシーンが物語に深みを加えて秀逸だ。

Granada-illu-15.jpg←これはキティのほう。ホームズは敬意を込めた時「ウインターさん」と呼ぶ。

*「(婚約者の)メルヴィルのような(極めてアホな)女性はそうはいきません。彼を傷つけられた殉教者とみなして、ますます愛するでしょう。だめです。破滅させなければならないのは彼の肉体ではなく精神です。この手帳で彼女は目が覚めるでしょう・・・・これ以外では不可能だと分かっています。これは彼自身の筆跡で書かれ、無視できるはずがありません」

*ラスト、ワトソンが大佐の馬車をお見送り、紋章を見てはっと気づき、ホームズに。忠実な友にして騎士道精神に富んだある友さ、と名を伏せ、黙認しあうシーン。

 ある高名な依頼人とは、当時の英国王エドワード7世とは既にバレバレ。これまでにも、幾度となくホームズに頼りっぱなしの王さま。「緑柱石の宝冠」:依頼人である銀行頭取に融資の担保として宝冠を預けたお方、「バスカヴィル家の犬」:ホームズが「この国で最も身分の高い人物が脅迫されている」といったお方、いずれも。スコットランド・ヤードはそんなに頼れなかったんだ。

Who is the "Illustrious Client" in the Sherlock Holmes story - "The Adventure of the Illustrious Client"? - Quora

*追記:ホームズやワトソンがベストに付けているあの「Albert chain:アルバートチェーン」というのがアマゾンJPにない・・・。

 こういうやつです。英国紳士のグッズです。

Albert Watch Chain Double Heavyweight Finished in Rolled Gold: Amazon.co.uk: Watches