Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

もうこうなったら断食しかない

 普通のヒトが断食をするのはたぶんもの凄く辛いはず。普通に三食食べてた習慣を「断つ」訳だから。一般的な『断食』『ファスティング』なら、やり方は世に溢れているし、沢山の商売もある。

 私の場合どうもそこら辺の基本的常識からして既にあっちの世界へいっちゃてる感が否めず、あくまで「自分の場合」の断食について綴っていくことになるのだと思う。ハウツーを紹介するものではない。あくまでメモワール的なもの。自分を励ますため、パリの一人の冬に負けないため、静かにモチベーションを内部に燃やし続けるため、書くのだと思う。

 なんとか16.5キロを落とさないと、自分の場合は生存というかアイデンティティーに関わる問題で、生きる意味を喪失するのと同義。

 断食にはいろんなメリットがあるけれど、今回は精神的にも、もちろん身体的にも、自分を取り戻すため。体内だけでなく、精神の修復。リカバリー。

 今回恐れているのは、断食のメリットでもある【「飢餓状態」⇒「神経が研ぎ澄まされ、直観力が鋭くなる」】状況から、一歩進んだ時のこと。その時点では飢えがピークを突き抜けてしまって、アタマと身体がバラバラになる瞬間がある。これがダンスで起こると物凄く怖いのだ。踊りのために極限まで身体を絞っても、踊れなくなったら、本末転倒だ。

 教師の言っている振りが頭で分かるのだけれど、すでに身体が、足が、手が、栄養不足のため脳が指示したように動かない――という状況。これはもう何度もある。特にこれから寒さの時期に入る。ただでさえ身体は意義・不調を申し立てる。

 目安として、自分で体重の数字が「このラインでこうなる」「ここでこういう症状がくる」というのが分かっているから、ただ守りに入りすぎて過去、減量そのものを失敗させていることもあるので、その辺のバランスが難しいところ。

 普通断食は欲をすて、平常心を得るために行うものかもしれない。でも私の場合は全く違う。むしろ弱い自分を乗り越えなければという「欲」。いつもAかBでなければならないという二分割思考。そして有形無形の何か(人でも、ものでも)を憎み、見返してやりたいと思う心から発したものだから、いずれそれは失敗し、挫折し、自らを取り返しのつかないまでに傷つけ、喪わせるのだろう。

 怒りから発したものは、全てを破壊してしまう。なんであれ。分かっている。繰り返している。執拗な、自分自身への、時間をかけた殺害予告みたいに。