Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

パリでミニマリスト ――もうすぐ外は白い冬

 断食3日目。前回は2日目で崩壊したので、今日を乗り切れば何とか軌道に乗れそう。というよりパリ寒すぎ。師走の様相。昨日、行くべき場所をさぼり古本を出しに行った帰り、メトロで一気に力が抜けて「♪愛したのは 確かに 君だけ」と気が付いたら日本語で口ずさんでいた。学生時代、長野の山でよく歌っていたのに(気がする)誰の、何の曲か思い出せなかった。ああ今分かった、オフコースか。そうよもうすぐ外は白い冬。

 ミニマリストなんて言ったら、私ずっと小さい時から家出願望があり、いつもカバン一つで出て行けるように準備していた。もちろん沢木耕太郎なんて高校生の必読書。大学生からはひとり暮らしだし、バックパック以外に何かを所有すること自体、軽蔑以外何ものでもなかった。(まあ今思えば傲慢だし、それを『若さ』と呼ぶ)

 今さら「ミニマリスト」っていうのが話題になるというのも、そうかそういう時代なのだ、そういうことを「言うことが可能」なんだぐらいにしか思わない。いつも最低レベルで「削る」ことだけの中を生きてきて、溢れるもの、いっぱいの愛のなかで一度でいいから埋もれてみたいと、――まあ願ったことが無かったとは。過去のハナシはよそう。

 1年5か月前、こっちへ来る時、10箱の段ボールを送った。うち9箱は、全部書籍だった。「わたし」というものを、その精神を、骨を、形づくった書物、言葉達。思考の根源。私のであり、であり、であり、相棒は、全部この中だった。それ以外の全ては置いてくる住所も場所も知り合いもいなかったから残りは全部処分してきた。ほんとうに辛い別れの作業だった。船便で7万円、2か月後にパリに届いた。

 1年5カ月たって、結局それらを手にしたかというと、そうでもない。場所だけとって、ほとんど読んでいない。いつパリに居られなくなるかすら分からない外国人の身だし、次へ即移動できるよう荷物は軽いに越したことはない。自分で選んだノマド人生だ。本は墓場までは持っていけない。所有していることに意味はない。頭の中(マインドパレス?)にインプットされ、必要な時に自在に取り出せなければどんな意味があるんだ?

 「手放せないからわざわざ7万もかけて船便で送った命より大事な全財産である本たち」に「♪サヨナラ サヨナラ」することに決めた。胸が引きちぎられそうだった。3度に分けて、持って行った。パリの古本屋の店員はその度、おしゃべりしながら長い長い時間をかけて、大量の「私の分身たち」を査定して行った。

 何十冊という精神の食糧は、全部で34ユーロだった。日本円にして五千円にもならないだろう。7万かけて船で送って5千円。これが私の命。私の過去。私の全知人。

 先日キンドルを購入して気が大きくなってしまっていた、というのもあったのかも知れない。何かと決別したかったというのもあったのかもしれない。でもwifiと接続できない環境なのだから全く使えず返品すら検討中。お金が無い(無収入)のだから無料本しかダウンロードできないし。5千円じゃキンドル本体の元にもならなかったわけだ。

 サヨナラ サヨナラ 愛したのは確かに 君だけ、と、口ずさんでみても、

 誰かを愛したことが無い、当然愛されることもわからない。

 愛の街パリ、私はあまりに異邦人すぎる。居る資格もそもそもない。

 モノも減らし、体重も減らし、心も、思考も、ミニマムになったら意味が無い。