Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

The Valley of Fear 『恐怖の谷』 男のすぐれた物語

 すっかり忘れていた。今月はホームズ月間を掲げていたのに「出版祭り」になってしまった。昨日やっと出版を済ませ本日燃え尽き症候群状態。昨夜はダンスに行ったけれど寒くて眠れず夜中何度も目が覚める。おかげで今朝はla grasse matinée(グラスマチネ=朝寝坊)。

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 ホームズモノで下書き保存しておいた記事がすっかり時期を失って眠っていた。ここいらで以下に、アップ。これからどうやって生きてゆこう。

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 なんでホームズ長編『恐怖の谷』(もちろん著:コナン・ドイル)って他3つに比べて知名度が劣るんでしょう。新潮文庫/延原訳で読んだ中で、ダントツ首位独走中だったんですが。『バスカヴィル』『緋色』『署名』(←後半、何度も本を放り出した記憶が・・・)より推理小説として数倍面白く『ノンストップアドベンチャーof Sherlock』ではないか。時も場所も忘れ「これを最後まで読まなくてどうして明日を迎えられよう」という貴重な体験が、400円位で手に入ったのだからね。

 Cover art(ebook)The Valley of Fear - Google Play の Android アプリ

 念のためじぶんおさらい。恐怖の谷は英『ストランド・マガジン』1914年9月ー1915年5月掲載、ホームズ4長編のうちの最後。いちおう1部・2部形式にのっとっている。

 1部はもちろん、いつもながらホームズ&ワトソンの活躍する、事件概要⇒解決までの物語。2部が事件背景である「恐怖の谷」と呼ばれるアメリカの炭鉱街ヴァーミッサ峡谷(Vermissa)での過去を解説する。

 まあホームズを読む面白みなんてホームズが推理してくれなけりゃ始まらないわけで、つまり彼の登場しない第2部なんて、さっさと読み飛ばすほどのものでしかない――とおもったら、大間違い。この小説はその2部が、一つの「探偵小説」として秀逸極まりない。もう読んで愕然とするしかないというか、他の3つよりこれを真っ先に手にしなかった自分の感性は腐ってたのかと、ほとんど呪いたくなったぐらい。

 物語中の年代に関して、バールストン・トリックと呼ばれるここで使われるミステリー手法について、あるいは「アメリカ」という舞台と言語について――この本に対して分析、批評され続けてきた。そうした各ポイントはほんと、大真面目に世界中の優れた研究者にまかせる。宜しく(笑)

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 私が惹かれたのは、第2部の主人公が、ホームズと殆ど張り合えるぐらいに『魅力的な』男であるという、その一点。アメリカが舞台だけれどその中で移動は繰り返される。この手の作品を米国人作家が描けば『腐った固ゆで卵』にしかならず食えもしないシロモノで終わる。末は陳腐な映画化。でもサー・アーサー・コナン・ドイルとホームズにかかる『男の物語』はそうお粗末には終わらないね。

 なんかワトソン健忘症とか、最後のマクマード君の大演説とか、ホームズの「卵4つ」とか、なんかちょっと正義っぽい所とか、細かい突っ込みどころはあることはあるんだけど(笑)

・『鎖というモノは、いちばん弱い環の強さで、全体の強さが決定される』(ポーロックという男に関して。大したことないからほっとけ、というホームズの皮肉の決定打がこれ。鎖の中で唯一の弱点だ、と)

凡庸な人間は自分の水準以上のものには理解を示さない。が、才能ある人間はひと目で天才を見抜く。(ホームズは既に欧州一の天才探偵と認められていた。ゆえにその助力を仰ぐマクドナルド警部は、充分才能のある男だ、と地の文で。ホームズはこれまでにも2度マクドナルド警部を助けてやったことがある。頼られる方も、有望な若手を見抜きしかるべき助言を与えてやるのだな、とこれは私の感想)

・「マクドナルド君、君は三カ月家に閉じこもって毎日12時間ずつ犯罪記録を読破したまえ。これほど実際的な行動はありません。そうすれば何でも分かる」

(ちなみにマクドナルド君は『不屈なスコットランド魂』を持った男だからね)

・「私は警察を利用して手柄を立てようとは思いません。自分の流儀で捜査を進め、自分の欲する時にその結果を明かす自由を確保しておきたいのです――完全なる自由をね」

・ホームズは口いっぱいにトーストをほおばって、いたずらっ子のような眼を光らせ、当惑しきった私を見返した。何かの問題にぶつかって心を悩ましている時はそうでなくとも痩せて鋭い顔を完全な精神集中の苦脳でますますやつれさせ、いく日間でもものを食べようとしないからである。(こころ病んでる典型パターン・・・?あるいはコカインのせいでは・・・) 

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 残念ながらイギリス・グラナダ版ではこの『恐怖の谷』は制作チャンスを失ったうちの一作品。ところで今回これを取り上げたのはちゃんと訳がある。BBC/シャーロック3に続く続編シャーロック4。私がモファット監督、あるいはゲイティス兄だったら、確実にこの『恐怖の谷』を投入する。

 4に残された課題として、メアリーちゃんを即ドラマから追放しなければというのがある。幕開けはメアリー殺害から、というのが、私としては本筋。(いや『予測』じゃなくて。私ならこうするなあ、という)。正典でも実際メアリーとは死別することになってるし。この線は濃厚かあな、と。そもそも消えてもらわないと困るのよ、その後の展開が(笑)ジョンは可哀想だよね。SHにも消えられて、愛した人にはホントに先立たれ。そういう『業』を自ら選びとっているというBBcの現代設定もまた、さすが。コメンタリーか何かで監督が言ってた、あれは『探偵を描いたドラマ』ではあるけれど『探偵ドラマ』じゃないから、って。深みのある一言だ。