Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 フランスのよしなしごとを徒然なるままに

シャルリー・エブド紙襲撃事件 現場パリより

★7日11時40分頃、パリ11区、週刊紙「シャーリー・エブド」本社に武装した3人の男が侵入、自動小銃を乱射し、同社社員ら12人を射殺した。現在犯人は逃走中。直後社内で10人、社外で1人の死亡が確認された。

同社は風刺画を掲載することで知られ、反発を買うことも多かった。犯行グループはその後パリ北部に逃走、ポルト・ド・パンタン付近で銃を発砲したと見られる。車を乗り換えて逃走中。

事件発生後、昼過ぎにはオランド大統領、カズヌーヴ内務相が現場に駆け付けた。

現在パリ周辺に厳戒態勢。(日本大使館からも数度にわたり安否情報が流された)以下はル・パリジャン紙の報道。当記事はこちらを参照しています。


Attentat à Charlie Hebdo : la France sous le choc


11人が死亡した1945年のテロ事件以来、最悪の犠牲者がでたもの。
同日21時半ごろ、メトロ紙(電子版)が犯人の氏名と誕生日を警察がすでに把握していると速報。18、32、34歳で、32と34歳の人物は兄弟とのこと。

★8日朝までに容疑者1人が逮捕され、実行犯とみられているクアシ兄弟の親族ら7人が拘束された。クアシ兄弟は現在も逃走中で、当局は兄弟の写真を公開し、全力で追跡。一方で、政府は8日を事件の犠牲者に対する追悼の一日とし、各地で黙とうを捧げるなど、国をあげて喪に服している。

→(ル・パリジャン要約)犯行を手伝ったとみられる18歳のハミド・ムラド容疑者は7日夜、フランス北東部のシャルルビルメジエールの警察署に出頭し逮捕された。8日パリジャン紙によると、同容疑者は事件当日の午前中、通学する高校の授業に出席していた。「過激派行動を起こす人物とはかけ離れていた」と周囲の証言。同紙は、逃走中の実行犯とされる兄弟が8日10時半ごろ、パリから北東にあるエーヌ県の国道(RN)2沿いのガソリンスタンドで目撃された情報を伝えている。逃走に使用している乗用車はルノーの白いクリオ。同兄弟の1人、シェリフ・クアシ(32)は2008年、アルカイダ系過激組織メンバーのイラクへの渡航を手伝い懲役3年執行猶予の判決を受けている。

★Le Figaro

8日朝刊、ルモンド見出し「フランスの9-11」、フィガロ「自由が殺された」、リベラシオン「私たちは皆シャルリー」パリジャン「自由までは殺せない」。服喪の意で、各紙“黒い1面”。 

★シャルリー・エブド社のホームページは、現在こんな感じです。pdfのボタン→7ヶ国語で「私はシャルリー(Je suis Charlie)」という言葉が出てくる。印刷してこれを掲げて広場に集まっている人も。8日正午、フランスの公共機関など多くの場所で、一分間の黙祷が捧げられた。

★レピュブリック広場のマリアンヌの銅像の下には、革命の様子が彫られている。

彫刻の人物の手に、昨日からペンを持たせる人が急増とのこと。

革命で自由・平等・博愛を勝ち取った「フランス」という国に、今私はいます。

「言論の自由」が一瞬にして奪われた今回の事件。

「je préfère mourir debout que vivre à genoux」元編集長ステファン・シャルボニエ氏がルモンド紙のインタビューに答えた時の言葉。

 訳>(攻撃にあったとしても)屈するくらいなら死んだほうがましだ。